自転車はロケット

自転車と電車でどこにでもキャンプに行こう

”ハードロマンチッカー”を読みました

 

グスーヨン著 ”ハードロマンチッカー”を本日読み終えました。

著者は1961年生まれ、下関市出身の在日韓国人二世。この小説は彼の自叙伝的作品のようです。本屋に並ぶ中で目立つ装丁に惹かれて手に取り、まず思ったことは

「軽っ!(物理的に)」

本の厚さに対して重さが軽いんですね。紙一枚の厚さの問題なのでしょう。なのでページ数も厚さに対してそんなに多くありません。出版はハルキ文庫とのこと。

在日韓国人でありながら進学校に通う高校生である主人公。学校にも行かず街をうろつき、周りの仲間は喧嘩、薬物、セックスに明け暮れる。そんな環境で生きる主人公は一見ただの不良のように見えますが、年の割に色んな事を考えており、なかなかに芯の通った男であることがわかります。そんな彼がちょっとしたきっかけで小倉のライブハウスの雇われ店長になるのだが…というお話。

喧嘩、覚醒剤、シンナー、暴走族、ヤクザ、そして数々の差別用語…この作品には、恐らく多くの人が普段あまり関わりのない言葉がたくさん出てきます。テレビの放送コードに引っかかるものも一つや二つではないでしょう。

著者はあとがきにおいて、頻出する差別用語を「ゴミ」つまり「臭いもの」に例えています。臭いものには蓋をするのはとっても楽な解決方法です。しかしそれは、確かにそこに存在する「臭いもの」から目を背けていることにならないだろうか。差別に対する自分の向き合い方を考えさせられます。

養老孟司先生の”バカの壁”がベストセラーとなった時、養老先生が語っていたことに近いものがあるのを思い出しました。うろ覚えですが、現代社会では汚いものや臭いものなどを目にする機会が少ないということを、水洗トイレの普及や死体処理の例を挙げて説明していたように記憶しています。

放送コードに引っかかる言葉はテレビでは知ることができません。そうでなくとも視聴者の顔色を窺って、放送が自粛されるようなこともあります。しかし、本なら。

自分の知らない世界を、本で知る。

本を読む楽しみをまた一つ再確認できたようです。